2006年 06月 15日
ブータン紀行(その5)
 午後ティンプーにむけて出発する。ティンプーはブータンの首都だ。
パロ・チュー沿いに一本道を車で30分ほど走る。
パロ・チューとティンプー・チューの合流点だ。
ここから国境の町プンツォリンへは南に下る。まっすぐ進めばティンプーだ。
橋からチョルテンが見える。
チョルテンとはストゥーパ(塔)のことだ。
ブータン様式、チベット様式、ネパール様式の三つが並んでいる。
谷の両側は棚田になっている。家がポツ、ポツ、見える。山の頂上近くにも見える。

パロ・チューとティンプー・チューの交わるところ・チョルテンが見える
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 午後3時ティンプーに到着。宿はホテル・タクツァンだ。
ティンプーに着いてメインストリートを歩く。パロとちがって店も大きく通りも長い。
思ってもみなかったものに映画館、レンタルビデオの店がある。
パロと比べておしゃれな人がおおい。路地では肉、魚を売っている。
魚は食べないと聞いていたのに。もちろん川魚だろう。
トラウトではないことはわかるが、どんな種類のものかわたしはわからない。

BANK OF BHUTAN
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ティンプーのメインストリート
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バスターミナル
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メインストリートの交差点
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 午後7時すぎホテルに帰る。
ホテルに帰ると同行のKさんのペンフレンドがホテルで待っていた。
Kさんはもうブータンへは4回目だ。ペンフレンドは18歳の女の子。
その姉も一緒だ。どちらも純情なおとなしい娘たちだ。
妹はハイスクールの3年生。姉は財務の仕事をしているそうだ。
彼女たちは、ポットにバター茶を入れ、ビスケットと炒り米を持ってきている。
カップまでも持ってきている。大きなカップにバター茶をいっぱい入れてくれる。
色はココアに近い。味は塩味で非常に油っぽい。
一口飲んで一瞬たじろぐ。
しかしビスケットを食べながら飲むと、なんとか飲める。しかし多くは飲めない。
炒り米をポンチュという竹であんだカゴに入れている。これは昔、子どものころ食べた味だ。
香ばしい味がしておいしい。妹の方が半分飲んだバター茶に追加して、
またカップいっぱいにお茶を入れてくれる。
わたしたちがタシガンまで行って、
今度ティンプーにひきかえしてきたら家にきてほしいと、彼女たちは言う。
21日の夕方6時30分に訪問する約束をした。
その日の昼にはゲンボの家にも行くことになっている。忙しい日になりそうだ。
彼女たちが帰ることになった。まだカップにはバター茶が半分以上残っている。
カップを返さなくてはならない。わたしは気合を入れて一気に飲みほした。

ペンフレンド
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 午後8時ごろホテルへペム・ツェリン氏と奥さんが迎えに来てくれた。
奥さんのほうはランドクルーザー、彼はベンツだ。ブータンでベンツに乗れるとは。
ティンプー郊外の高台に家がある。雨が降っていた。
庭には花や木が植えてあり感じの良い造りである。
案内された部屋はシンプルな板張りの壁で、
そこには王様の写真、クゥエート大使時代の正装のツェリン氏の写真が飾ってある。
ソファに座る。奥さんの手製のスナックでウィスキーを飲みながら歓談する。
娘さんも手伝ってくれる。
話の中で中尾佐助のことをきくと、かれはその時のことを知っていると言った。
何かを探しに席を立った。「ウァー」と心のなかで叫ぶ。
期待して待っていたら、本を探しにいってくれたようだ。
しかし古い話なので本が見つからなかった。残念だ。
ブータンと日本の文化は似ているという話になった。
照葉樹林文化について英語で話そうと思ったが辞書に照葉樹林がでてなくて、
言いよどんでいると、彼が英語で「シャイニン・リーブズ」と言った。
中尾の学説を知っていたのだ。
 午後10時すぎホテルに帰る。きのうパロではシャワーの湯がでなかったけれども、
今日はシャワーが使えるようだ。洗濯もした。ベッドにころんで『秘境ブータン』を読む。
今回の旅行には、ぜひこの本をブータンにもっていってやりたいと思った。
20数年来の「お友だち」だ。
当時パロからティンプーまでは徒歩で二日かかったという。今は車で1時間半でやってくる。
当時ブータンに入国するのは非常に困難だった。鎖国をしていたのだ。
入国の方法としては有力者の招待が必要だった。
それ以上に困難だったのはブータンの外交はインドの助言に従うことになっていた。
インドの通過許可をとらなければならなかった。
インドは国境北辺にインナーラインをもうけ、
外国人のインナーラインへの立ち入りを厳しく制限していた。
ブータンへ入国するには、インドのインナーラインを通るしか方法はなかったのだ。
このインナーラインパーミットの取得がほとんどできなかったそうだ。
やっと入国できてもブータンとインドの国境の町、
プンツォリンから首都ティンプーまでは大規模な樹林帯が全体を覆い、
馬で1週間かかった。しかもその樹林帯は山ビルの巣窟だったのだ。
今回の旅行の行程にはなかったが、
今プンツォリンからティンプーは車で6時間で一気に到着するのだそうだ。

by seascape_point5 | 2006-06-15 23:02 | ブータン | Trackback | Comments(6)
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Commented by eternity-e at 2006-06-16 04:54
おはようございます~ ココロです。
少し見ない間にブータン紀行が続いてるんですね。驚きました。
私も以前TVでブータンと日本は似てるっていうのを見たことありますよ。
建物があって道路があって車が走ってる光景は同じはずなのに
やっぱり国が違うと雰囲気が違うんですね。3枚目を見てそう感じました。

↓の14日の1、2、3、4、5がキレイで素敵に撮れてますね。
13日の3枚目のは朝陽が良い雰囲気です~。
Commented by jp at 2006-06-16 06:01 x
 通りがきれいですね。
ごみひとつ落ちていない。明治の初め頃まで、日本もそうだったようで、
その頃の外国人(誰か忘れた)の紀行にそういうことが書かれていました。
 魚はネパールも食べる習慣がない、というより食禁(タブー)もののようですね。
川に死者を流すことから、魚は不浄のものにされたのでしょうか。
それとも死者の魂が宿るとされたのでしょうか。
 バター茶、気合を入れないと飲めない味なんですか。
Commented by maronn-05 at 2006-06-16 10:16
おはようございます。
本の旅行記を読んでいる気分になっています。
maruchanさんは文才がありますね。
ただのあそこへ行った、ここでこうしただけでなく
その国の背景、maruchanさんの想いが随所に織り込まれ
引き込まれました。
細かいことまでよく覚えておられると感心しています。

私はこういうのは全くと言っていいほど才能がないのです。
たぶん、普通の人より衰えているようです。
イメージで捉えてしまっているか
もしくは事細かく書きとめようと思ってしまって序章で疲れてしまうか
そのどちらかなんです。

では、次回も楽しみにしています。

Commented by seascape_point5 at 2006-06-16 18:22
ココロさん
たくさん見ていただいてありがとうございます。
海王丸は偶然に見つけられました。
夕方散歩でたくさん撮りました。
やっぱり帆船は美しいですね。
ブータンは古きよき日本っていう印象でしたよ。
Commented by seascape_point5 at 2006-06-16 18:26
jpさん
今日は代休です。で、ちょっと早い時間に・・・。
ブータン見ていただいてありがとうございます。
まだ、出だしのティンプーです。
これから長旅が続きます。
これからもよろしく。
確かにバター茶は気合を入れましたよ。
ブータンの中央部のブムタンでは
魚料理を食べました。
トラウトでした。釣りもするそうでした。
Commented by seascape_point5 at 2006-06-16 18:29
maronnさん
読んでいただいて嬉しいです。
文才なんてとんでもないですが
行きたいところだったので
いっぱい見てはメモしてました。
私、理詰めはダメなんです。
ホワーっとしてます。
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