2011年 12月 08日 ( 1 )

2011年 12月 08日
旅の珈琲
f0073398_1293588.jpg


 くれかける町。ホテルのテラスのイスにすわって町なかをながめる。
携帯コンロでお湯をわかして珈琲をいれる。コッフェルからシェラカップにそそいでのむ。
旅では、なんどもこうして珈琲をのんできた。
もちろん、そんなに上等の珈琲ではないのだが。
こうして珈琲をのむのも旅の儀式といえるかもしれない。

 せまい道に輪タクが四・五台が輪になって道のまんなかにとまっている。
輪タクのサドルにすわったオニイチャンたちが、ハンドルにつけたクラクションを順番にならしている。
パプッ・パプッとリズミカルな音がつづく。
車がくるのを気にせずに、平気で道をわたる人たち。
人をぬってオートバイがはしる。オート三輪がはしる。
あちこちでクラクションがなりひびく。車は埃まみれ。窓はよごれてくもっている。
まさにアジアの喧騒だ。熱気と騒音。ごった煮の町だ。
わたしは、この喧騒がすきだ。
珈琲をのみながら、旅情にひたる。

 家にいるときは、庭のイスにすわって風をかんじながら、かおりのたかい珈琲をいれる。
珈琲はすこし、ふかいりのコクのあるものがすきだ。耳には、ビル・エヴァンスのピアノ。
本をよみながらゆったりとした休日をすごす。

 河口慧海が二度めのチベットをめざして、
前回ネパールで約束をした漢訳一切経をボンベイへおくり、自身はカルカッタについた。
そのとき、ボンベイから連絡があって、ボンベイの税関が火事になったというのである。
さいわい、一切経は内がわがブリキ張りの木箱にいれていたために、
荷物はぶじで、ネパールの宰相に献上したと、『第二回チベット旅行記』にかいている。
ところが、その一切経がどこにあるのか、ながいあいだわからなかった。
1998年10月のことである。新聞の報道によると、その一切経がみつかったという。
ネパール国立古文書館でみつかった。275の包みにわけてはいっていた。
しかし、26の包みは紙がぼこぼこだったり、ページがひっついてはなれない状態だったそうだ。
経典にはネパール宰相のチャンドラ・シャムシェルの蔵書印がおしてあった。
火災にあったが、ぶじであったことが裏づけられた。

 そんなことを、おもいだしながら旅の途中にいる。
パータン、バドガウン。ネワール族の王朝がさかえた町。
芸術が花ひらいた。そしてヒンドゥーの神がみ、ブッダの塔がそびえる。
ブッダの目は、はっきりと衆生をみおろしている。
そして人びとの、祈り、拝む姿がある。宗教がいきている町だ。

 パータンは金属細工の町。町なみは小宇宙をかたちづくっているという。
バドガウンも町全体が、曼荼羅となっているそうだ。
ここはネパールのカトマンドゥ。
あす、この盆地からチベットのラサへむかう旅にでる。
のこりの珈琲をのみほした。

 あすの朝ははやい。

by seascape_point5 | 2011-12-08 12:15 | | Trackback | Comments(0)