2010年 01月 13日
明石浦・左義長
左義長は、平安時代、宮中で行われていた。
正月明け15日に御所の庭で、青竹を束ねたものに
扇子、短冊、書などを添えて焼く行事だった。
次第に庶民に広がり、しめ飾り、書き初めなどを持ち寄って焼くようになり、
明石でも昔から行われていた。
明石浦の左義長は、15年ほど前から漁業協同組合と地域が共同で行い、
市内でも最大級のもの。
早朝から高さ12メートルの骨組みに
張子の鯛、タコなどを飾りにそれを1000本の青竹で囲み、
しめ飾り、門松などと一緒に燃やす。
<明石観光協会HPより>




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今日はちょっとだけjitensha
寒かった

by seascape_point5 | 2010-01-13 13:39 | 民俗・芸能 | Trackback | Comments(4)
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Commented by pinarello_fp3 at 2010-01-13 15:10
明石浦はどの辺りになるのでしょう?
Commented by seascape_point5 at 2010-01-13 15:30
かーすけさん
岩屋神社の南、フェリーの対岸の灯台からすぐのところです。
いわゆる新浜と呼ばれています。
Commented by kazusanokami at 2010-01-13 22:48
子供の頃、松の内が明けると、門松や注連縄を燃やしましたね。
これ、「とんど」とか「どんど」とか呼んでいたと記憶します。
日本各地では、いろんな呼び名がありますが、同じ、明石でも、呼び名が異なるということが、齢を重ねた、明石育ち、今、分かりました。
「さぎちょう」の、半端でない、炎の立ち方は、良き年を期待させますね。
Commented by seascape_point5 at 2010-01-14 08:28
上総守殿
「とんど」って言ってましたよね。
大がかりな「とんど」でした。
なにしろ寒かったので神主さんは大変だったと思います。
なにしろ薄い着物姿でしたから。
手はかじかんでいたようです。
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