2006年 07月 10日
ブータン紀行(その8)
 午後1時30分すぎブムタン地方の中心地ジャカールに到着。

ジャカールの村
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ジャカールの市場
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今日はここまでだ。ゆっくりできる。ちょっと疲れがでてきた頃だ。
ちょうどよい時間配分をゲンボは考えているのだろう。ホテルに入って、自由行動となった。
町へ出てビデオレンタルの店に入る。
首都からはなれたこんなところにもビデオレンタル店がある。
そのほか日用品を売っていたり、コーヒーも飲めるようになっている。
店で聞くと、このあたりには42店ほど商店があるが全部チベット人とのことだ。
 店に遊びにきていたチベット人としゃべる。
コーヒーを飲めといって大きなカップにいれてくれる。
彼は、わたしの日本のタバコが一本ほしいという。
わたしは彼のいちばん安いインドタバコを一本もらう。
葉っぱをまるめて上辺がほそくなっている。ひと息吸うと非常にきつい。
店の主人にもわたしのタバコをすすめる。彼は吸ったことがないという。
吸うマネをして写真をとろうと言うと、彼はむせながらひと息吸った。
彼のはじてのタバコを吸う写真を撮った。
チベット人がドマをみせてくれる。
どうやって葉をつつむのか見たかったので口に入れるまでの方法を見せてもらう。
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 目のまえで店の主人の友だちの奥さんが子どもに母乳をやっている。
母乳をやりながらしゃべっている。
子どもが飲むのをやめてもそのままの姿で目のまえにいる。
こんな光景は久しく日本では見なくなってしまった。
日本の生活の話しや物価の話しをしていた。何の話しからかお金の話しになった。
主人がコインを見せてくれた。
チベット人が自分のインドのタバコと私のとを換えてほしいというので交換した。
彼のは8ニュルタム、およそ1ドルの4分の1である。私のは2ドルだと言った。
コーヒーをごちそうになったのでお礼にとおもって1ドルを渡した。
そのとき私はブータンのお金、ニュルタムをもっていなかった。
そうすると主人がさっきみせてくれたコイン、インドの1ルピーと50パイサをやるという。
ブータンではインドルピーとニュルタムは等価だ。
しかしインドではニュルタムは通じないそうだ。
それを見ていた例のチベット人がほかのコインを見せるから自分の店に来いという。
しまったと思った。1ドルも渡したのがいけなかった。
かれの魂胆はみえていた。しかしものはためしだ。彼について行く。
店に入るとコインを何個か見せてくれた。ほかにもあるけれど今はこれだけしかないという。
ブータンのニュルタム貨と10パイサのコインをくれる。わたしは1ドル札を渡す。
彼は、素早くそれを手提げ金庫に入れる。その素早さといったらなかった。
もう彼は私には興味を示さない。いやな気持ちで店をでる。お金を扱うのは難しい。
今までの楽しい会話がご破算になってしまった感じだ。私がいけなかったのだ。
安易に1ドルものお金を渡したのがいけなかった。
つい日本の感覚で考えてしまった。
ほかの店でインドのフィルターつきのタバコ2個を1ドルで買った。
しかもタバコは嗜好品でブータンの人はあまり吸わないので高いものだろう。
 他のメンバーと町で合流する。みなうろうろとしていた。
ある飲食店に入る。ちょうど高校生の女の子ふたりがいた。
餃子ふうのもの、-モモと言うらしいが-をたべていた。
学生でもこんなところにくるのか。
kさんが彼女たちにプレゼントするのでホテルに夜来るように言って、来ることになった。
 ホテルに帰る。肌寒い。ホテルにはストーブが入っている。
わたしもセーターを着る。夕食になった。ソバが出た。プタという。
バターをまぜてスクランブルエッグがまざっている。ソバは短くプツプツと切れている。
長さは10センチくらいだろうか。
ソバがつくられるのは中央ブータンのトンサからジャカールあたりまでだそうだ。
エマダッチといってチーズととうがらしを煮たもの、豚肉のパーがでた。
パーは肉を汁けがなくなるまで煮たものだ。
ブータンでは魚を食べないと聞いていたのけれども、ニジマスのから揚げが出た。
これはおいしかった。米は赤米だ。パサパサしている。
これは米の炊き方のちがいだそうだ。
湯取り法といって米が炊けてくるとその「おねば」をすててしまうのだそうだ。
 午後7時ころ、町で出会った女子学生2人がホテルに訪ねてくる。
日本からもってきたカセットテープをプレゼントする。
最近の若い人気グループの歌が入っている。尾崎豊、スマップなどだが、
私はあまり知らない。彼女たちに高校を卒業したらどうするのかたずねる。
卒業したらカンルン(タシガンの近く)の大学に行きたいと言う。
ブータンにある唯一の大学だ。
ブータンの若い人たちは大学はカンルンのシェルブツ大学に行くか、
もしくはインドの大学に行く。
そうして若い人たちが高等教育をうけ、あるいは外国の生活を知ることで
ブータンもどんどん変わってゆくのだろう。
すでに『秘境ブータン』にも書かれている。
1958年の頃でもである。
「ブータンの官吏は私のもっていたラジオで
インドの音楽を聞いては『ああインドへ行きたいなあ』とタメ息をもらす。
インドでの学生時代を思い出し、強いノスタルジアにおそわれている。」
 彼女たちにティンプーへ行ったことがあるかたずねてみる。
行ったことはあるそうだ。パロは子どものころに行ったが憶えていないとのことだった。
 kさんにカセットに入っている日本の歌の題名の翻訳をさせられる。
変な翻訳になった。その翻訳した題名を彼女たちは書いている。
 5月16日。午前9時。ジャカールを発つ。
10時15分。シェルタン・ラに到着。3470メートルだ。
12時10分最高点タンシン・ラに着く。標高3650メートル。昼食にする。気温20℃。
 ここからは標高750メートルのリグミタンの村まで下ってゆく。
標高3400メートルから3300メートル付近はシャクナゲが群生している。
ここのシャクナゲは大輪ですばらしい眺めだ。
ティンプーからずっと道幅は車1台分しかない。谷側は断崖絶壁である。
下を見るのが恐ろしい。車は下ってゆく。
3200メートル付近にさしかかった。
ブータン人の家族が道ばたにすわってカナヅチで
にぎりこぶしほどの石をたたいて割っている。
これは何かと思うと、砕石だったのだ。おそるべき人海戦術だ。
ブータンには労働の税金があるらしい。
もうすでにシャクナゲは見えない。
 午後4時30分。リグミタンの村に到着。30℃。暑い。インドふうの顔の人が多い。
あいさつをしても、愛想がよくない。家のつくりも南国風だ。
このあたりはインドに近いので、
西部、中部のブータンとは生活様式もちがってきているのだろうか。
明らかに今まで通ってきた村とは違っているようだ。
チベット文化というより熱帯地方の文化要素があるようだ。
 午後6時。モンガルのホテルに着いた。モンガルは標高1450メートル。
ホテルの近くで小さな女の子ふたりとそれよりも小さな男の子ひとりがあそんでいる。
ひとりの女の子はワンピースを着ている。まるで日本人だ。
日本で見てもブータンの子だとは決して思わないだろう。
もうひとりの女の子はインドふうの顔だちをしているが、キラを着ている。
男の子と姉弟なのだろう、よく似ている。
インドふうの女の子に「何歳?」と聞くと6才だと答える。
もうひとりの子も6才だと答える。
男の子に聞く。何も答えない。
姉の方が答える。「シックス」。おもわず笑いそうになる。
「セイム?」と聞きなおす。「イェス」。何度思い出してもおかしくて、口元がほころびる。

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 翌朝、ホテルのまわりを散歩する。中学生の男の子が3人、
女の子が2人いた。写真をみんなで撮る。
するとひとりの男の子がひとりずつ撮ってほしいという。
あと手持ちのフィルムが1本しかない。しかたない。
1人ずつ撮りかけた。すると途中でまた2人追加参加だ。あ~ぁ。

by seascape_point5 | 2006-07-10 22:33 | ブータン | Trackback | Comments(6)
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Commented by maronn-05 at 2006-07-11 06:57
みんな6歳?
思わず(*´д`⊂)ッテナンデャ(*´д`)⊃ネン♪
って突っ込みいれたくなります・・
でも、きっと話せる数字が「6」なんでしょうね。
なんだか、微笑ましいエピソードですね。

どんなレンタルビデオを借りたのでしょうか?
お金を巡る話はほんと難しいなって思いますね。
Commented by akitoa3 at 2006-07-11 13:54
中国を旅行されている様ですが・・・私も2.3度ツァーで中国を旅した事が御座いますが、自由時間が無くて現地の人との触れ合うチャンスは無かったのですが・・・勿論中国語は話せません・・・・トイレの汚いのには困りました、女性の方は特に困っておられました、扉などは有って無い様なものでチット背伸びすれば仕切り越しに丸見えで眼のやり場に窮しました。
Commented by seascape_point5 at 2006-07-11 20:14
maronnさん
ちょっと、おもしろいでしょう?
かわいいというか。
よく読んでいただいて、感謝です。
もうすぐ、東の端の町、タシガンに到着します。
また読んでくださいね。
ありがとうございます。
Commented by seascape_point5 at 2006-07-11 21:44
akitoaさん
中国ではなくて、ブータンなんですよ。
ずいぶん前の旅行でしたが、
アップしてます。
よろしければ、また読んでください。
Commented by jp at 2006-07-11 22:20 x
 やっと仕事の山を越えました。
昨日は、定時に帰り、9時から爆睡。夜中じゅう寝言でうなっていたそうです。悪いものが落ちていったのでしょう。
 これから、いいものを見、いいものを聞き、いい人と交わる暮らしに戻りたいですね。写真ブログ、ブータン紀行、楽しく読ませてもらっています。
Commented by seascape_point5 at 2006-07-11 22:34
jpさん
お疲れさまでした。そうですか。うなされましたか。
でもこれで悪い憑き物が落ちたかも、ですね。
悪い憑き物はいっぱいいますからね。
そうです、これからは今までのように、楽しいことや
いい人との交わりを・・・。
いつも見ていただいているそうで感謝です。
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